鋼種 シリコロイA2Precipitation Hardened Stainless Steel シリコロイA2は化学成分のひとつにSi(ケイ素)を多量に含有する析出硬化系ステンレスで、高強度、高硬度、耐食性、耐熱性、耐摩耗性、耐焼付き性をバランスよく兼ね備え、オールラウンド性を有します。 析出硬化系ステンレスとしてはHRC48以上(49~52程度)とSUS630以上の高硬度を有するのが特徴で、耐食性はオーステナイト系よりは劣りますが、マルテンサイト系、フェライト系より良好です。 析出硬化系ステンレスは、焼入型と異なった熱処理プロセスで、比較的低温の熱処理で高硬度化するため、焼入鋼のような問題(熱処理歪み、寸法変化、焼き割れ、酸化スケールの付着など)が少なく、加工プロセス改善に有効です。 化学成分の一例 物理的性質の一例 機械的性質の一例 シリコロイA2の規格の一例 顕微鏡組織と金属間化合物 熱処理特性 時効硬化熱処理温度と機械的性質の関係 固溶化熱処理温度と機械的性質の関係 低温時効処理の効果 低温固溶化熱処理後の高温時効処理 再固溶化熱処理の効果 SUS630とシリコロイA2の比較 シリコロイA2の被加工性試験 シリコロイA2の加工プロセス 1.化学成分の一例 (wt%) table.1 成分 C Si Mn P S Cu Ni Cr Mo Fe 特殊元素 規格 Max0.020 3.005.00 0.51.5 Max0.040 Max0.030 0.81.2 6.07.0 10.013.0 0.31.0 Bal.Bal. Nb 成績例 0.014 3.50 1.0 0.021 0.018 1.0 6.5 10.7 0.4 Bal. 上記は化学成分の一例ですので、ご参考程度にお考え下さい。 2.物理的性質の一例 table.2 鋼種名 密度 g/cm3 熱伝導率 W/mK 平均熱膨張係数 ×10-6(1/℃) 縦弾性係数 GPa ポアソン比 比透磁率 μr シリコロイA2 7.61 13.2 (AG) 20~100℃ 12.5 20~300℃12.9 20~500℃ 13.7 183 (ST)199 (AG) 0.29 (AG) 97.41 磁性あり(AG) ST:固溶化熱処理、AG:時効硬化熱処理 3.機械的性質の一例 table.3 記号 熱処理 引張強さ N/mm2 耐力 N/mm2 伸び % 絞り % 硬度 HRC シャルピー衝撃値 J/cm2 ST 1050℃/WQ 1100 850 12.0 67.0 32~36 160 H900 490℃×4hr/AC 1700 1600 7.0 35.0 ≥48**(48~52) 7 OAG 650℃×4hr/AC 1200 900 19.0 61.0 33~38 120 H1025 550℃×4hr/AC 1550 1350 9.0 43.0 47 9 H1075 580℃×4hr/AC 1400 1100 12.0 48.0 42 13 H1150 620℃×4hr/AC 1300 1050 15.0 54.0 40 58 上記は丸棒材の機械的性質の一例ですので、ご参考程度にお考え下さい(形状、熱処理、鍛錬比、清浄度等によって変動する可能性があります) シリコロイA2は基本的にST、H900、OAGの何れかでの使用が主になります。 4.シリコロイA2の規格の一例 table.4 記号 記号 熱処理 引張強さ N/mm2 耐力 N/mm2 伸び % 硬度 HB 過時効処理 LSTOAG 900~950℃/急冷600~660℃×3~5hr/AC ≥740 ≥540 ≥12 ≥217(目標363) 追加時効処理 STAG 900~950℃/急冷460℃×4hr/AC – – – 217~363 (目標≥HRC48) 上記は丸棒材の機械的性質の一例ですので、ご参考程度にお考え下さい(形状、熱処理、鍛錬比、清浄度等によって変動する可能性があります)。 実際の熱処理状態とは若干異なりますので、参考値として下さい。 5.顕微鏡組織と金属間化合物 固溶化熱処理(1050℃/WQ) 時効硬化熱処理(480℃/AC) Photo 1顕微鏡組織(200倍) 低炭素マルテンサイトのマトリックス 固溶化熱処理(1050℃/WQ) 時効硬化熱処理(480℃/AC) Photo 2顕微鏡組織(5000倍) Nb-Si系の金属間化合物 6.熱処理特性 Fig.1時効硬化熱処理温度と硬度の関係 Fig.2時効硬化熱処理時間と硬度の関係 Fig.3各温度における時効硬化曲線 Fig.4高周波熱処理+時効硬化熱処理の硬化深度 7.時効硬化熱処理温度と機械的性質の関係 Fig.5時効硬化熱処理温度と硬度の関係 Fig.6時効硬化熱処理温度と引張強度の関係 Fig.7時効硬化熱処理温度と伸び・絞りの関係 Fig.8時効硬化熱処理温度と衝撃値の関係 Fig.9時効硬化熱処理時間と硬度の関係 Fig.10時効硬化熱処理時間と引張強度の関係 Fig.11時効硬化熱処理時間と伸びの関係 Fig.12時効硬化熱処理時間と絞りの関係 Fig.13時効硬化熱処理時間と衝撃値の関係 8.固溶化熱処理温度と機械的性質の関係 Fig.14固溶化熱処理温度と硬度の関係 Fig.15固溶化熱処理温度と引張強度の関係 Fig.16固溶化熱処理温度と伸び・絞りの関係 Fig.17固溶化熱処理温度と衝撃値の関係 9.低温時効処理の効果 Fig.18時効硬化熱処理温度と硬度の関係 Fig.19時効硬化熱処理曲線 Fig.20時効硬化熱処理時間と硬度の関係 Fig.21時効硬化熱処理時間と引張強度・耐力の関係 Fig.22時効硬化熱処理時間と伸び・絞りの関係 Fig.23時効硬化熱処理時間と衝撃値の関係 Fig.24時効硬化熱処理時間と硬度の関係 Fig.25時効硬化熱処理時間と引張強度・耐力の関係 Fig.26時効硬化熱処理時間と伸び・絞りの関係 Fig.27時効硬化熱処理時間と衝撃値の関係 10.低温固溶化熱処理後の高温時効処理 Fig.28高温時効処理温度と硬度の関係 Fig.29高温時効処理温度と引張強度の関係 Fig.30高温時効処理温度と耐力の関係 Fig.31高温時効処理温度と衝撃値の関係 11.再固溶化熱処理の効果 析出硬化系シリコロは再固溶化熱処理を実施することで、時効硬化熱処理をキャンセルできます。 製品使用後に再利用が可能なエコマテリアルです。使用済みの製品はサイズダウンした素材として再利用できます。 Fig.32時効硬化熱処理温度と硬度の関係 Fig.33時効硬化熱処理温度と引張強度の関係 Fig.34時効硬化熱処理温度と耐力の関係 Fig.35時効硬化熱処理温度と伸びの関係 Fig.36時効硬化熱処理温度と絞りの関係 Fig.37時効硬化熱処理温度と絞りの関係 12.SUS630とシリコロイA2の比較 Fig.38時効硬化熱処理温度と硬度の関係 Fig.39時効硬化熱処理温度と引張強度の関係 Fig.40時効硬化熱処理温度と耐力の関係 Fig.41時効硬化熱処理温度と伸びの関係 Fig.42時効硬化熱処理温度と絞りの関係 Fig.43時効硬化熱処理温度と衝撃値の関係 Fig.44硬度と衝撃値の関係 Fig.45時効処理温度と低温衝撃値の関係 Fig.46時効処理温度と低温衝撃値の関係 Fig.47時効硬化熱処理時間と硬度の関係 Fig.48応力腐食割れ試験(自然海水) Fig.49応力腐食割れ試験(0.5%H2SO4沸騰) 13.シリコロイA2の被加工性試験 table.5 試験項目 使用設備 使用工具 送り m/min 回転数 rpm 類似鋼との比較 フライス OKK-3V(大阪機工) 住友SKDN42MT 100 160 NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 ドリル 1.5#(マキノ) φ10(コベルコハイス) 30 400 NAK55とNAK80の間ぐらいの感触 良好 1.5#(マキノ) φ7.5(コベルコハイス) 30 500 NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 1.5#(マキノ) φ3.1(コベルコハイス) 30 700 NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 タップ 1.5#(マキノ) M8(ハイス刃-ヤマワ) 80 – NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 エンドミル 1.5#(マキノ) φ12(2枚刃ハイス-OSG) 40 400 NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 1.5#(マキノ) φ10(4枚刃ハイス-OSG) 60 400 NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 ガンドリル ミロク φ8(超硬刃) 20 1400 NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 バンドソー アマダ ハイス刃 2~3 – NAK80とHPM38の間ぐらいの感触 良好 アマダ 超硬刃 2~3 – NAK55とNAK80の間ぐらいの感触 良好 table.6 材質 分類 硬度 用途例 NAK55 プリハードン鋼 析出硬化系 HRC37~43 金型(精密量産型) NAK80 プリハードン鋼 析出硬化系 HRC37~43 金型(精密量産型・高鏡面性) HPM38 プリハードン鋼 SUS420J2改良鋼 HRC29~33 金型(難燃添加樹脂、一般透明用、ゴム用) シリコロイA2の溶体化熱処理状態(ST:1050℃/WQ)の場合は、過時効処理(OAG:650℃/AC)よりも硬度が 若干低いため、本試験結果と同等の被加工性か若干良好な傾向になります(ST:HRC33~35、OAG:HRC34~38)。 14.シリコロイA2の加工プロセス table.7 順序 基本プロセス 熱処条件例 内容 1 素材 素材の在庫状態ではシリコロイA2は過時効処理(OAG:650℃/AC)、シリコロイXVIは溶体化処理が標準になります。 特にシリコロイA2を高硬度化する場合は予め固溶化熱処理を行う必要があります。 過時効処理の状態で時効硬化熱処理(450~490℃)を実施しても高硬度化しませんのでご注意下さい。 2 固溶化熱処理 1050℃±20℃/急冷 *できれば水冷の冷却速度が早い方が良い 大気熱処理の場合 1050℃±20℃/WQ *大気熱処理の場合、黒色の酸化スケールが付着します 真空熱処理の場合 1050℃±20℃/ガス冷 *真空熱処理の場合、は酸化スケールは付着しません。 硬度:HRC33~37程度 固溶化熱処理の目的は加工性に富むマルテンサイトを得ることと、時効硬化熱処理の準備をすることです。 析出硬化系ステンレスを高温加熱後に急冷すると、時効硬化元素を固溶したマルテンサイトが得られ、このマルテンサイトは比較的軟らかいため切削加工が可能です。 保持時間は肉厚に対して、1インチ0.5~1時間程度を実施することが多いです。 3 一次加工 固溶化熱処理後の硬度はシリコロイA2はHRC33~37程度、切削加工が可能です(プリハードン鋼相当)。 製品によっては仕上加工まで行う例もありますが(精度があまり重要でない場合)、特に精密部品では研磨代を残した粗加工を行うことが多いです。 4 時効硬化熱処理 高硬度が目的の場合 480℃±10℃×6~8hr/AC 硬度:HRC48以上 目標値:HRC49~52程度 目的に応じて、熱処理温度・保持時間を調整 固溶化熱処理によって生成した析出硬化元素を過飽和に含有するマルテンサイトに、時効硬化熱処理によって金属間化合物を析出させ、硬さと強度を上昇させます。 高硬度化のメカニズムは、固溶化によって無理に溶かしこまれた析出硬化元素が時効硬化熱処理により粒子分散強化し、結晶を歪ませ転位を動きにくくすることにあります。 この温度帯の時効硬化熱処理では応力除去もできると推測されます。 5 仕上加工 時効硬化熱処理により若干の寸法変化及び歪みが生じる可能性があり、特に精密部品では研磨加工等の最終仕上を行う例が多いです。 大気熱処理で時効硬化熱処理を行う場合、テンパーカラー(薄い酸化スケール層、色調:金色~茶色)が付着します。 テンパーカラーの除去が必要な場合、研磨加工等で除去する場合もあります。しかしながら後加工を実施しない箇所は完全に除去できない場合もあります。 テンパーカラーの付着防止をご希望される場合は、真空時効処理を実施することお薦めします。 関連情報 シリコロイXVI 腐食液依存性 機械的性質比較表 硬度と靭性の関係 耐食性比較表 ステンレスの熱処理寸法変化 ピンオンディスクまとめ 関連事例 関連事例はありません。 関連Q&A どのような用途で使われていますか?またどのような鋼種からシリコロイに置き換わっていますか? ワイヤーカット・放電加工性について シリコロイにはどのような形状がありますか? シリコロイを検討する時のポイントは? 寿命とコストの考え方は? 関連タグ C13B, C13B2, ksd45, SUS, シリコロイ, シリコロイA2, ステンレス, 時効硬化, 材質, 析出硬化, 特殊鋼, 硬度, 耐食性, 腐食性 ページランキング 硬度換算表 SUS440C SUS630 SUS316L SUS420J2