析出硬化系ステンレス「シリコロイ」の使い⽅ 析出硬化系ステンレス「シリコロイ」のメリット 析出硬化系シリコロイは複合特性を同時に要求される場合に有効(特に硬度と耐⾷性) 熱処理設計の⾃由度が⾼い 熱処理条件の調整で硬度微調整が可能 局部的に⾼硬度化・軟化が可能 新たなプロセス設計で製品の⾼機能化が可能 一般的にマルテンサイト系ステンレスは焼入れで硬さを出しますが、析出硬化系ステンレスは焼もどし温度程度の低い温度で硬さを出すことがきます。 析出硬化とは? 析出硬化系ステンレス「シリコロイ」とは? 析出硬化系ステンレス「シリコロイ」のオールラウンド性 新プロセス設計 析出硬化とは? 素材 丸棒、鍛造材等 固溶化熱処理 (溶体化熱処理) 析出硬化(時効硬化)をする準備の熱処理 1050℃±20℃/急冷 1次加工 硬度はHRC30~40程度と高くないため、加工が可能 時効硬化熱処理 微細な金属間化合物を析出させて硬化させる 460~500℃/空冷(高硬度化する場合) 仕上加工 研削加工、ラッピングなど 特に公差が厳しい箇所の微調整 析出硬化ステンレスのメカニズム 析出硬化系は低温の熱処理で⾼硬度化が可能 熱処理⼨法変化が少ない 焼入鋼 焼入れ・焼戻し 高温から急冷(水冷・油冷)するので、歪みや焼き割れが発生しやすい 寸法変化するため、仕上加工が必要 析出硬化系 時効硬化熱処理 比較的低温からの空冷で、歪みや焼割れが発生しにくい 熱処理寸法変化が少ない 析出硬化系は460〜500℃で最⾼硬度を⽰す 時効硬化熱処理温度で硬度の微調整が可能 析出硬化系ステンレス「シリコロイ」とは? シリコロイ=シリコンアロイ(⾼ケイ素ステンレス) 複数の特性を兼ね備える 炭素(C)ではなく、ケイ素(Si)で強度、硬度を出すため、耐食性の劣化が少なく機能性のバランスに優れています。 化学成分 ⼀般的にはCにより焼⼊れ性を⾼める シリコロイはSi系⾦属間化合物を析出させて硬化 シリコロイは微細なSi系の金属間化合物を析出させることで、強度および硬度を出すメカニズムになります(簡単に言い換えれば、粘土状のマトリックスにビー玉のような硬質なものが埋まっているようなイメージ)。 シリコロイはHigh Si – Low C(高ケイ素-極低炭素)が特徴になります。 鋼種 C Si Mn Cu Ni Cr Mo 特殊元素 Fe シリコロイA2 0.02 3.5 1.0 1.0 6.5 10.7 0.4 Nb 残 シリコロイXVI 0.01 3.6 1.0 1.0 6.5 10.5 1.5 Co,Ti,他 残 SUS304 0.05 0.4 1.0 1.0 8.0 18.0 – – 残 SUS420J2 0.36 0.5 0.4 – 0.2 12.6 – – 残 SUS440C 1.00 0.3 0.3 – – 17.0 – – 残 SUS630 0.05 0.0 0.9 3.3 4.0 17.0 – Nb 残 SKD11 1.45 0.2 0.3 – 0.1 11.1 0.8 V 残 マルエージング鋼 0.01 0.03 0.02 – 18.2 – 4.9 Co,Ti,Al 残 機械的性質 シリコロイXVI析出硬化系で最⾼硬度を有する(HRC56-58) XVI-過時効処理(550℃)の場合、⾼強度と伸びのバランスが良好 シリコロイXVIは析出硬化系としては世界最高硬度を示します。時効硬化熱処理条件を調整することで、硬度・耐摩耗重視~強度・靭性重視などを選択することが可能。シリコロイXVIは550℃の熱処理において、強度・耐力と伸びのバランスが最も良好になります。 鋼種 熱処理 熱処理条件 引張強さ 耐力 伸び 硬度 N/mm2 N/mm2 % HRC シリコロイA2 固溶化熱処理 1050℃/WQ 1100 974 10.2 35.0 時効硬化熱処理 480℃/AC 1686 1506 1.8 51.0 シリコロイXVI 固溶化熱処理 1050℃/WQ 1152 911 8.0 37.4 時効硬化熱処理 200℃/AC+460℃/AC 1320 – 0.8 57.6 過時効処理 550℃/AC 1700 1622 5.6 51.2 SUS304 固溶化熱処理 1050℃/WQ 635 285 58.0 2.0 SUS420J2 焼⼊・焼もどし 1025℃/GC、190℃/AC 1890 1148 4.8 52.7 SUS440C 焼⼊・焼もどし 1025℃/GC、190℃/AC 1853 1428 1.5 57.7 SUS630 時効硬化熱処理 480℃/AC(H900) 1336 1298 12.0 43.9 SKD11 焼⼊・焼もどし 1025℃/GC、190℃/AC 1716 1524 1.0 60.7 マルエージング鋼 時効硬化熱処理 480℃/AC 2029 1692 5.7 54.2 硬度と耐⾷性のバランス 塩⽔噴霧試験結果(240hours) シリコロイは硬度と耐⾷性のバランスに優れる 一般的には焼入型は硬度および耐摩耗に優れていますが耐食性に課題があり、耐食性の高い材料は硬度および耐摩耗性に課題がありました。析出硬化系シリコロイはケイ素を利用しているため、硬度と耐食性のバランスに優れています。 硬度と衝撃値の関係 析出硬化系は時効硬化熱処理温度で機械的性質の微調整が可能 一般的に硬度を高めると靭性は低下します。析出硬化系シリコロイは熱処理条件を微調整することで、目的に応じた機械的を調整することができます。 鋼種 時効硬化熱処理 衝撃値 硬度 強度 耐⼒ 伸び J/㎠ 2㎜Vノッチ 10㎜Rノッチ HRC MPa MPa % シリコロイXVI 固溶化熱処理 24.1 271.9 36.4 1152 911 8.0 200℃+460℃×12hr/AC 3.9 10.0 57.2 1137 – 0.8 480℃×8hr/AC 4.5 10.5 57.3 1378 1317 0.7 550℃×6hr/AC 5.5 16.0 50.8 1700 1622 5.6 580℃×6hr/AC 5.9 43.5 49.3 1551 1458 9.5 650℃×6hr/AC 19.6 206.5 39.5 1237 849 15.8 シリコロイA2 480℃×8hr/AC 4.9 16.0 51.0 1868 1506 1.8 550℃×6hr/AC 6.3 38.1 46.4 1369 1331 11.4 620℃×6hr/AC 19.6 348.9 39.6 – – – SUS630 480℃×3hr/AC 48.3 366.0 43.9 1336 1298 12.0 SKD11 真空焼⼊・低温戻し 5.9 32.4 60.7 1716 1524 1.0 SUS420J2 真空焼⼊・低温戻し 10.5 79.3 52.7 1890 1148 4.8 SUS440C 真空焼⼊・低温戻し 6.3 39.3 57.7 1853 1423 1.5 析出硬化系ステンレス「シリコロイ」のオールラウンド性 析出硬化系シリコロイのオールラウンド性についてご説明するため、以下に各種試験結果の一例をご紹介します。試験項目:摩耗試験(耐摩耗性、用途例)、耐熱性(高温硬度、高温強度、高温酸化性、高温疲労強度、用途例) 耐摩耗性 摩耗試験 析出硬化系は時効硬化熱処理温度で機械的性質の微調整が可能 耐摩耗性の評価方法として回転摩耗試験(ピン(ボール)・オン・ディスク)を実施しました。 固定されたディスクの表⾯でピン(ボール)を回転摺動させ、摩擦係数、試料の摩耗減量から摩擦摩耗特性を評価します。 摩擦摩耗試験 摩擦摩耗試験機 ピンオンディスク摩耗試験 析出硬化系は硬度が⾼い⽅が耐摩耗性に優れる ピンがSUS440Cの場合、析出硬化系の中では硬度が高い方が摩耗量が少なくなります。 組み合わせ・試験条件によって結果は異なります。 摩擦摩耗試験1 ボールオンディスク摩耗試験 同成分系では粉末積層合⾦(3Dプリンター)の⽅が耐摩耗性に優れる ボールがSUS440Cの場合、析出硬化系の中では硬度が高い方が摩耗量が少ない。同成分系では、粉末積層合金の方が組織がより微細になり、耐摩耗性が向上します。 組み合わせ・試験条件によって結果は異なります。 摩擦摩耗試験2 耐熱性 ⾼温硬度 シリコロイXVIは500℃以下の⾼温環境で⽐較的⾼硬度を⽰す シリコロイXVIは約500℃までは硬度低下が少ないですが、それ以上の温度では軟化します(特に600℃以上)。 ⾼温強度 シリコロイA2は約400〜500℃まで⾼強度を⽰す シリコロイA2は約400~500℃までは高強度を示しますが、それ以上の温度では強度が低下します(特に600℃以上)。 ⾼温酸化性(900℃) シリコロイ系はケイ素を多く含有するため、⾼温酸化性に優れる シリコロイ系はケイ素を約4%含有するため、高温酸化性に優れています。特に高温の方が有効になる傾向があります。 ⾼温疲労強度(400℃) シリコロイXVIは400℃での疲労特性に優れる シリコロイXVIは常温(R.T.)および高温(400℃)での疲労強度に優れています。 新プロセス設計 析出硬化系シリコロイは熱処理設計の自由度の高さと、焼入型とのプロセスが異なることから以下のような新しいプロセス設計が可能です。 新プロセス技術:局部高硬度化(高周波熱処理の応用)、局部軟化処理(高周波熱処理の応用)、レーザー熱処理(レーザー熱処理)、局部高機能化(レーザークラッディング、シリコロイXVI単体、シリコロイXVI+WC粉末添加)、溶接補修技術 局部⾼硬度化 局部的に加熱する技術を利用することで、必要な箇所のみを高硬度化したり、軟化するこが可能です。 析出硬化系シリコロイは局部⾼硬度化・局部軟化が可能 ⾼硬度と靭性の両⽴が必要な場合に有効なプロセス設計 局部⾼硬度化:過時効処理(650℃/AC)+局部⾼周波(固溶化)+時効硬化熱処理(480℃/AC)局部軟化:時効硬化熱処理(480℃/AC)→ 局部⾼周波(固溶化)局部加熱⽅法:⾼周波熱処理、レーザー熱処理など 局部⾼硬度化の断⾯硬度(シリコロイA2,XVI) 局部軟化処理 局部加熱(固溶化熱処理)により必要な箇所のみを軟化することが可能 全体を時効硬化熱処理後、局部軟化処理を実施(⾼周波、レーザー等) 全体を時効硬化熱処理で高硬度化した後、必要な箇所のみを加熱することで容易に軟化することが可能です。加熱方法は高周波熱処理、レーザー、電子ビーム、バーナー等、局部的に900℃~1100℃程度に加熱できれば可能です。 レーザー熱処理 レーザー熱処理:レーザー熱処理後(固溶化熱処理)に時効硬化熱処理 ⾼速回転溶体化、加熱時間:45sec レーザーは高周波熱処理のような誘導加熱コイルの製作が不要なため、事前に条件出しを実施すれば、比較的容易に局部加熱が可能です。硬化深度は高周波熱処理よりも浅くなりますが、非加熱部への熱影響が少なく熱処理歪も少なくなります。 局部⾼機能化 レーザークラッディング 肉盛りする材料(粉末)を供給しながらレーザーを用いて肉盛りする方法です。低入熱のため、低希釈・低歪・微細肉盛・薄い肉盛が可能。シリコロイはケイ素を多く含有するため、湯流れ性が良好でビードが滑らかに仕上がります。安価な素材に必要な箇所のみにシリコロイを使用することができます。 参考サイト:富士高周波工業株式会社 シリコロイXVI粉末 局部的に⾁盛り シリコロイXVIの粉末×レーザークラッディング シリコロイは湯流れ性が良好で、ピンホールの発⽣が少ない シリコロイXVIを必要な箇所のみにレーザークラッディング(溶接) 時効硬化熱処理で⾼硬度化が可能 レーザークラッディング(シリコロイXVI粉末+WC粉末)で耐摩耗性が格段に向上 シリコロイXVI粉末 + WC(タングステンカーバイド)粉末 局部的に⾁盛り レーザークラッディング(シリコロイXVI粉末+WC粉末)で耐摩耗性が格段に向上 WC粒⼦が混在することで耐摩耗性が向上 粉末を混ぜながら溶接できるため、シリコロイ粉末に超硬のタングステンカーバイド(WC)粉末を添加することが可能です。硬質なWC粒子が混在するため、耐アブレッシブ摩耗に有効。摩耗試験では溶製材(丸棒、鍛造材)に比較し、摩耗量を低減できます。 レーザークラッディング 顕微鏡組織 140倍 顕微鏡組織 700倍 シリコロイXVI粉末粒度:-106/+63μm、WC:20%、V=45cm/min、レーザー出力:1750W シリコロイXVI⾦属粉末にWC粉末20%を添加 硬質な粒⼦を含むため、耐アブレッシブ摩耗に有効 溶接補修技術 レーザー溶接(パルスレーザー光)を⽤いた⾼品質で精密な⾁盛溶接 シリコロイの湯流れ性と新技術により、溶接補修性が向上 レーザー溶接(パルスレーザー光)を用いた高品質で精密な肉盛溶接が可能です。シリコロイ×新技術 で従来難しかった微細な局部溶接補修が可能になりました。 参考サイト:テラスレーザー株式会社 レーザー溶接後の外観 レーザー溶接後の外観マクロ写真:40倍 バフ研磨後(アルミナ)の外観 基材:シリコロイXVI、溶接材料:シリコロイXVI線材(φ0.6)